2007年活動レポート

スローフード・スローライフな真砂

2006年度は「県民との協働による島根づくり事業」にておいて、島根県益田市・真砂地区を拠点に、農業・食育体験を実施しました。

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 2010/09/09 12:17 午後

「スローフード・スローライフな真砂づくり」の一年 
島根県益田市の山里・真砂地区で農業・食育体験を通じて感じたことを、報告します。


「鳥の時間」に蹂躙された日々

スローフード・スローライフな真砂づくり
(2006「県民との協働による島根づくり事業」)



■愛くるしいヒナたちとの出会い

 初夏のとある日、新緑のまぶしく輝くような午後、彼らはやってきた。段ボール箱のすみに10羽は身を寄せ合い、のぞきこむ私たちの目線から逃れようと、ひとかたまりになりうずくまっていた。箱の底に敷かれた新聞紙に、ウグイス色のフンが付着していて、ヒナたちがぬいぐるみではないということを示していた。試みに一羽を手に取ってみる。軽い。ヒナはやがて必死に泣き叫びはじめ、あわてて、箱の中にに戻してやる。小さな命に触れた感触が、驚きとともに余韻のように心の中に残った。

 アイガモ農法をやると言い出してみたものの、その経験は私たちにはない。人から聞いたり、本で読んだことしかないのだ。そんな私の前に10羽の命が小さな声をたてて鳴いている。不安がないと言えばウソになる。しかし、傍らに佇むイチローとその仲間たちとで育てるのだと思えば、その不安は幾分和らいだ。


■我々は鳥の保護者

 早速、朝晩の冷え込みに対して暖房器具の準備が必要であることが判明した。また野生のケモノたちの侵入から鳥たちを守る必要があることがわかった。とくにイタチはタチが悪く、わずかな隙間からでも侵入してきて、鳥を根こそぎ殺して血を吸うのだという。鳥かごを一体どこにおけばよいのだろう。近隣の、すでにカモを育てている生産者の現場をJAの方に引率していただき見せてもらう。こたつを利用したり、本格的な小屋をつくったりいろいろと工夫されている。軽いため息が出た。大変じゃないか。とりあえず暖房に関しては、毛布で籠をくるみ、電球を燈し暖を確保する方法を選択した。鳥籠の置き場所は、少し暗いが安全面を考え、イチロー家の自宅部分に置くことにした。単にエサをやればよいのではなく、手厚い加護がなければ鳥たちは育たないらしい。夕刻の天気予報を観る。今夜は冷えるという。冷え込みが、鳥たちを襲う猛威のように感じられ、何か今まで感じなかった煩わしさを抱え込んでしまったような気持ちになった。


■小さな異変

 天気のよい日には籠を外に出し、日光浴をさせる。籠のまわりは網で囲い、さらに網もかける。そして夕方にはそれらを片付け、鳥籠を仕舞う。天候の急変などもあり、イチローからの電話を受けて、真砂へ向かうこともあった。仕事をしていても鳥のことが気になった。日を経るに従い彼らはだんだん活動的になり、鳥籠から鳥小屋に移した。小屋を開けてやると好奇心旺盛な彼らは、代わるがわる外に飛び出し、草をかいつまんだり、小石をつついたり、飲むための水を張った器に飛び込んだり、無茶苦茶をはじめた。一同ずぶ濡れになる。しばらく、遊ばせて小屋に入れるために追い込んだ。ずぶ濡れの羽を身を震わせて、水を飛ばし、毛づくろいする。ヒナたちはもとの容姿に戻っていく。その中に一羽、いつまでたってもずぶ濡れのままで、足取りもたどたどしいヒナがいることに気付いた。

■成長の差が生きる差に

 そのヒナは身震いをする力が弱く、自分自身の力で、羽に付着した水を飛ばすことが出来ないのだった。いつまでたっても震えている。足腰も弱く、激突してくる仲間たちにその都度よろめく。カモたちはすでに少しずつ集団で行動しているように見える。お互い身を寄せ合ったり、ぶつけあったり。その行動の波に乗れない。波の中に入ると、一群からはじきだされたり、また群れの塊に押しつぶされそうになる。成長にも差が生じてきていて、もう群れと一緒に行動できないと感じた。ここへ来てすでに20日が経つ。これだけの日にちで大きなヒナ、小さなヒナ、そして群れに加わることが出来ないヒナまで、これだけの差がついてしまった。弱ったヒナ一羽を隔離し、しばらく体力の回復を見ることにした。


■鳥の世界の現実とは

 数日後、イチロー夫妻の手厚い看護により、ヒナは少しずつ元気を取り戻したように見えた。ヒナを群れにまた戻してみようということになり、鳥小屋につれていった。すると群れの声を聴いたヒナは、相応するように元気に声をあげはじめた。やはりうれしいのか・・・そして一群の中にヒナを放した。しかし、結果はさらに無残なものであった。わずか数日のうちに体力差はさらに顕著となり、数分もたたないうちに、飲料用の水器に落ち込み、大きなヒナに体を弾き飛ばされ、震えてうづくまってしまう。エサを食べようにも波間をただよう木の葉のように、群れのパワーの前に足元をすくわれ続ける。なすすべもなかった。鳥たちは群れをつくることで、お互いの成長差を克服し、集団の力で生き延びていく。その群れに加わることさえも出来ないということは、すなわち死を意味する。もはや、このヒナの前には死しかなかった。鳥として生きていくための厳しい現実を、刃物でもつきつけられるように、見せ付けられた。情けだとかヒューマニズムなんて、勿論鳥の世界には皆無なのだ。

■人と鳥、世界の位相

 ふただび隔離した数日後、ヒナは一羽で息絶えた。イチロー妻は涙したという。小さく、弱く、みじめなヒナの死に様に、振り返って人間の世界のことについて考えてみる。我々も社会という群れの生活の中でしか実は生活できない。しかし、個という観点の中で、ひとりでも生きていくことが可能と錯覚してしまっている。現行の資本主義経済活動は果てしなき差異化を求め、世界に生じている差異を端から消費し、フラットにしていく。個として、様々な嗜好やライフスタイルが保証されるようになったのではなく、経済活動により、個としての差異化が求められ、単に資本の投射対象になっているだけなのだ。そのことを、個体として生きていくことが可能だということとを置き違えてはいけない。我々はすでに映画「マトリックス」のような虚構の世界を生かされているのだが、本当に生きるためには、やはり群れなければならないのだ。薄皮のようで実は厚いこの次元のカベを壊す手立てを、アイガモは身をもって私たちに示してくれたように感じた。


■鳥の時間

 元気な9羽は良く食べ、大きくなっていった。梅雨少雨の降るとある日、カモを田に放した。稲の間を一群になって颯爽と泳ぐ姿は我々の気持ちを和ませた。朝、小屋の扉を開け、夕刻、エサを小屋に入れて、扉を閉じ、柵で囲い、さらに小屋を網で覆う。日々、その繰り返し。夏が近づくと鳥たちの巨大化するスピードはさらに増し、小屋へ呼び寄せる際にその大きさを目の当たりにし、不気味に感じるほどだった。もう、愛くるしさの片鱗もなかった。
 とある日、その日はイチローが夕刻用事があり、私が小屋の扉を閉める役を受け持った。ときたま小屋の開け閉めは交代でやっていたので、臆することもなく、出かけた。すでに盛夏が近づき、日没にはまだ間があった。エサをやり、小屋にカモを呼ぶ。いつもの眺めだ。しかしだ、しばらくしてもいっこうにカモが近づいてこない。小屋前まで行って、ときおりエサをつつく。しかし小屋に入る気配はない。ケモノ除け用の電気柵に草がかかっていないかチェックでもしていたら、入るだろう、そんな軽い気持ちで構えていた。しかし、草のチェツクが終わり、追い込もうとしてもカモは一群となって反対方向へ泳いでいく。まったく埒があかない。日脚も長くなり、ときおり涼しい風が吹き始めると、次第にあせりが生じてきた。家から電話がかかる。早く帰れと。それから本気になりカモを追うのだが、まるで私の本気をあざ笑うかのように、スルスルとカモは別の方法に逃げていく。たぶん警戒されてしまったのだ。一体どうすればいいんだ。日は山にそろそろ落ちようとしていた。途方にくれ私は横たわって夕空を眺めた。
 鳥の時間か。彼らが小屋に入りたくないといえばもうそれまででしかない。人間がどのように考え、何を意図しているかなんてそんなことは関係ない。ここでは一切通用しない。彼らと私の間に流れている時間の相違。それは本で読んで知っているというようなものではなく、体験してこそわかる絶望的とさえいえるような相互理解不能の感覚だった。山に帰るカラスの姿が見えた。鳥たちについて一体私は何を知りえていたのだろうか。私には普段生きている時間があまりに利己的であり、ちっぽけで薄っぺらなものでしかないことに気付いた。
 (岩井賢朗)


 


最終更新日: 2007/10/24 07:43 午前; 1,969 閲覧件数 印刷用画面